◇◇ その他 ◇◇

◇ローフード大賞を受賞したオイル
◇海中にある郵便ポスト ◇世界で一番美しいミイラ
◇シェフ帽子のルーツ ◇ドルマークの縦棒2本の意味
◇料理店の”盛り塩”の意味 ◇龍馬像の建立
◇聖徳太子とお箸 ◇聖徳太子とお箸
◇閏年はどうして2月なのか ◇心臓の湯
◇ゴディバのロゴマーク ◇割り箸の起源
◇42.195kmとマラソン ◇キャンドルのパワー
◇毒殺から身を守るために使用した食器 ◇『専売法改正と『にがり』
◇火事に強い桐 ◇美肌効果のある真珠粉
◇竹とエジソン ◇ハーメルンの笛吹き男
◇四つ葉のクローバーのアクセサリ ◇幸運を運んでくれるミリオンバンブー
◇世界最古の香水 ◇テディ・ベアとルーズベルト大統領
◇招き猫と彦根藩の殿様 ◇左馬を漢字1字で書けますか?
◇バオバブの木 ◇人工の森 明治神宮
◇水琴窟てどんなもの? ◇「うだつのあがらない」のうだつって何?
◇タッジーマッジー(ハーブのブーケ) ◇「.tv」ドメインが小国ツバルを変えた
◇茶碗、お膳、廊下の意外な関係 ◇思いやりのティータイム
◇開け、ゴマ ◇日本人シェフのお店がミシュランの一つ星に


ローフード大賞を受賞したオイル


ヤギが木に登って実を食べることで有名なアルガンの木。アルガンの木はモロッコの半砂漠地帯に生育するモロッコ特有の木です。その実から採れるのがアルガンオイルです。
実を収穫し、その実の種の中にある仁からオイルを搾ります。1リットルのオイルを採るためには100kgの実が必要です。その貴重さや高い功能から、アルガンオイルはモロッコでは古来より、料理、様々な皮膚の治療薬として珍重されてきました。
オリーブオイルの3倍のビタミンEを含むアルガンオイルには老化の原因とされる過酸化資質の生成を防いで、細胞の若さを維持する働きがあります。料理はもちろん、アンチエイジング効果(皮膚の抵抗力促進、保護、保湿、老化予防)を持つオイルとして、フェイスやボディ、ヘアケアに幅広く使われています。
日本では、まだそれほど知られていないオイルですが、欧米のシェフ達の間では『魔法のオイル』と呼ばれ、2001年にイタリアの第1回スローフード大賞を受賞して以来、ますます人気が高まっています。

(参照)ロケットニュース24 のHP    Nutrition ActのHP 



世界で一番美しいミイラ


イタリア・シチリア島のパレルモにあるカプチン修道会の地下墓地には、8000体ほどのミイラが安置されています。保存されているミイラの中で、『ロザリア・ロンバルト』のミイラは、世界で一番美しいミイラと言われています。
1920年、肺炎のため2歳で亡くなった彼女の顔は、80年たった今でも、つややかなピンク色で、まるで寝ているかのような表情で生前の姿をとどめています。この墓地に収められているミイラのほとんどは、保存状態も悪く白骨化しています。その中で、ロザリアのミイラだけが生前とほぼ変わらぬ状態を保つのは、『死蝋』という状態になっているからだと言われています。死蝋とは、外気と長期間、遮断された結果、腐敗を免れ、遺体体全体が蝋状・チーズ状になったものだそうです。長い間、ロザリアの遺体がどのような方法で防腐処理されたのか、これまで謎のままでしたが、最近、製作者アルフレッド・サラフィアのメモが発見され、ホルマリン、亜鉛塩、アルコール、サリチル酸、グリセリンなどの薬剤を使ってミイラを作ったと解明されたようです。

(参照)ドウガノのHP



海中にある郵便ポスト


とても暑い日が続いていますね。今回は涼しいお話です。海の中に実際に、投函できる郵便ポストが存在すること知っていましたか?
場所は、和歌山県すさみ町の枯木灘海岸。岸から100m、海底10mにあります。この海底ポストは、1999年4月、南紀熊野体験博のイベントとして、すさみ郵便局長の発案によって設置されたものです。2002年には、『世界一深いところにあるポスト』としてギネスブックに認定されています。
現在も実際に利用され、1日平均10通、夏休みなどは50通も投函があるようです。投函数は3万通を超えたとか。すさみ町はダイビングスポットとしても有名で、海中にポストがあるので、ダイバーが記念に投函するそうです。毎日、地元のダイバーが郵便物を回収し、すさみ郵便局をとうして世界中に発送されます。普通のハガキは当然投函出来ませんので、耐水ハガキが販売されています。耐水ハガキは近くで購入でき、文字もにじまずきれいな状態で届くようですよ。

(参照)南紀・熊野お宝めぐりのHP



ドルマークの縦棒2本の意味


ジブラルタル海峡は地中海と大西洋の境にあります。ヨーロッパ側のジブラルタルの岩山と、北アフリカ側のセウタの町の岩山は『ヘラクレスの柱』と呼ばれています。ギリシア神話に登場する英雄ヘラクレスが、アトラス山を砕いて、海の通り道を作ったという伝説から名付けられたものです。かつて、この場所は世界の西の果てとされ、ここを超えれば海は奈落の底に落ち込んでいると考えられていました。柱には「Non Plus Ultra(ノン・プルス・ウルトラ) この先には何もない!」と刻まれ、外洋の危険性を警告したものです。
この柱は、スペインの紋章にも使われていますが、1492年コロンブスによる新大陸の発見後、 古代の警告を無視し、リスクをとって更に前進することを奨励し、Plus Ultra (プラス・アルトラ) もっと向こうへ!」と変えられました。へラクレスの柱を異なる地域に通じるゲート、入口として新世界への道を切り開こうという強烈な意志から生まれた言葉です。
ちなみに、ドルマークは、Sに縦棒2本であらわされていますが、縦棒2本は、このヘラクレスの柱を意味しているそうです。

(参照)アフリカ案内のHP    地中海生活のHP     株式会社さらごのHP 



シェフ帽子のルーツ


フランス料理のコックさんといえば、白い背の高い帽子を被っています。帽子の高さは、店によって違いますが、一般的に経験年数・地位が高くなるほど背が高くなるようです。
この帽子のルーツは、19C、バリのホテル・リッツで活躍し、フランス料理の神様と言われた『オーギュスト・エスコフィエ』に由来します。彼の身長は158cmしかなく、部下たちは料理長の指示を仰ごうとしてもすぐに見つけることができませんでした。居場所を明確にするために背の高い帽子で目立つ工夫をしたのが始まりです。その後、フランス中のシェフたちの間に流行し定着しました。日本にシェフ帽子を伝えたのは、帝国ホテル8代料理長、石渡文治郎です。彼はホテル・リッツに留学時、エスコフィエに直接学び、日本に持ち帰りました。ちなみに、帝国ホテルでは、見習い18cm、7年目以降23cm、料理長は35cmの高さに決められているそうです。
シェフ帽子の由来は、もう一つあります。18C末、『アントン・カーレム』という高名なシェフがいました。白く高い帽子をかぶったお客に一目惚れして、職場にとりいれたという説もあります。

(参照)社団法人日本エスコフィエ協会のHP 1  2    リッツ・エスコフィエのHP    forMのHP 



龍馬像の建立


坂本龍馬像は高知県の桂浜に建っています。高さが約5m、台座と合わせると13mほどの巨大な像です。台座に掘られている建設者の名前は、『高知縣青年』。龍馬像の建立には、こんなエピソードがあります。
龍馬像の建立は大正15年に1人の青年の運動から始まりました。当時、早稲田大学の学生だった入交好保さん。坂本龍馬に心酔しその功績を後世に伝えるため『坂本龍馬先生銅像建設会』を仲間3人で結成。新聞、夏休みを利用して募金活動、坂東妻三郎さんに映画企画を提案(後、実現)。さらに、龍馬や中岡慎太郎と交友のあった伯爵の田中光顕さんの協力を得て、秩父宮殿下から200円の御下賜金など幅広く活動し、目標募金額25000円(現在の7000~8000万円)を集め龍馬像を建立しました。除幕式は昭和3年5月27日、日本海軍の軍艦の祝砲、内閣総理大臣も参列し盛大に行われました。無名の学生達が起こした活動は、一介の浪人にすぎない龍馬ガ国事に奔走した姿とよく似ています。なお、第二時世界大戦時、国の判断で龍馬像だけは供出を免れています。

(参考)高知新聞のHP  1   2



料理店の”盛り塩”の意味


料理店の店先に”盛り塩”が盛られているのをよく見かけます。これは、中国の故事に由来するもので、お客さんがたくさんきてくれるようにという「おまじない」です。昔の中国の皇帝は3000人ほどの側室を囲って、それぞれに大きな屋敷を与えていました。皇帝は夜ごと、牛車に乗ってそれらの側室の屋敷を訪ねていました。皇帝が順番に廻ったとしても、自分の番がくるにはかなりの日数がかかります。そこで、ある側室が一計を案じ、自宅の門前に塩を盛るようになりました。牛は塩が大好物なので盛り塩がある門前で、ピタリととまり動かなかったようです。皇帝は仕方なく、そのお宅に立ち寄ったようです。この故事から、来てほしい人を招き寄せるおまじないとして玄関に塩を盛るようになったわけです。



聖徳太子とお箸


日本に箸が入ってきたのは、弥生時代の末期(3世紀)です。その当時の箸は現在のような2本1組の箸ではなく、1本の竹をピンセットのように折り曲げた折箸が使われていました。この箸は、食事で使うものではなく、神様に食物を供える祭器として使われていたものです。今も天皇の大嘗祭にはこの折箸が使われています。当時の人々はまだ食事を手づかみで食べていました。
現在のような2本1組の箸が食事に使われるようになったのは、7世紀はじめです。初めてお箸を食事に使わせたのは、聖徳太子です。607年、聖徳太子は小野妹子らを遣隋使として隋の国に送りました。この時、小野妹子らはお箸を使った食事の作法により歓迎を受けました。 帰国後、この報告を受けた聖徳太子は、さっそく朝廷の宴に箸食を採用したと言われています。以後、大きな寺院は次々と箸食を取り入れたそうです。
奈良時代には箸食文化が普及し、平城京の後から沢山の箸が見つかっています。平安時代には当時の庶民文化を伝える絵巻にも箸が描かれ、貴族のみではなく庶民の間にも箸食が浸透していたことがわかります。



心臓の湯


炭酸泉が『健康によい』と話題になっています。炭酸泉とは、その名の通り炭酸を含んだ温泉のことです。炭酸泉に入浴すると炭酸ガスの気泡が無数に肌に付着し、まるでサイダーの中に入っているように感じられます。
炭酸ガスは気体状態では皮膚から吸収されることはほとんどありませんが、お湯に溶けた炭酸ガスは皮膚から吸収される性質があります。炭酸ガスが皮膚から吸収されると、体は『酸素不足!』と錯覚し、体中に酸素を運ぼうとして血管が拡張し血行がよくなるそうです。血液の流れがスムーズになると、十分な栄養と酸素を含んだ新鮮な血液が体の隅々まで運ばれ、イキイキとした艶やかな肌になると同時に、体に溜まっている老廃物を排出しやすくなり、お肌をより美しくします。また、炭酸泉は肌のphに近い弱酸性ですので、素肌にやさしく、アストリゼン効果で肌を滑らかにする効果もあります。
こんなにいいことずくめの炭酸泉ですが、実は、天然の炭酸泉は世界的にも希少で、日本には全国に15ヶ所しかありません。中でも、大分県の長湯温泉が有名です。
ヨーロッパでは、天然の炭酸泉が多く湧き出しており、古くから『心臓の湯』と呼ばれ、古くから健康維持、病気治療などで利用されてきました。特にドイツでは、温泉治療を目的に世界中から多くの人々が訪れるそうです。その効果に健康保険が適用されるほどです。
日本でも少しずつ炭酸泉の効能が認識されるようになり、人工の炭酸泉が温泉施設、美容施設、介護施設、医療施設、家庭風呂などでも利用出来るようになりました。

(参照)口炭酸泉研究会のHP   炭酸泉ナビのHP    長湯温泉.COMのHP     長湯温泉 ラムネ温泉のHP 



閏年はどうして2月なのか


2月だけどうして28日なのか?なぜ、他の月に比べて極端に少ないのか疑問にもたれたことありませんか?
 現在使っている暦の元になった古代ローマの暦は、3月から始まり12月で終わるる10ヶ月間だけでした。農作業にたずさわらない冬の期間の暦はいらないと考えられ名前もありませんでした。その後、冬の月にも名前が付きましたが1年の始まりは3月のままでした。
 紀元前46年、ローマ皇帝のジュリアス・シーザーが1年を365日(閏年を366日)とする暦を採用しました。奇数月が31日、偶数月が30日とする規則正しいものです。1月が年の初めになりましたが、3月から始まっていたころの慣習が残り、1年の最後の月である2月で閏年の調整をしました。平年が29日、閏年が30日としたのです。また、シーザーは7月を、自分の名前にちなんでJulyに変更しました。
 その後、皇帝アウグストゥスは自分の名前をつけた8月(August)が30日であることが不満でした。そこで、8月の日数を1日増やし31日とし、9月を30日、10月を31日、11月を30日のように交互になるように入れかえました。1日増やした分は、また、2月から1日分を減らしました。この時から、2月は平年は28日、閏年を29日になったのです。



割り箸の起源


現在使われている「割り箸」が誕生したのは江戸時代です。その当時まだ1本づつの箸を適当に2本揃えて使い、洗ったり削ったりして何度も繰り返して利用していました。塗り箸とは違い、汚れが染み込んだりするので不潔だと考える人が多かったようです。外食産業が盛んになった江戸時代、そば屋や鰻屋では、吉野杉で酒樽を作る際に生じる余材を使った「割り箸」(使い捨てのお箸)が出されるようになりました。これが現在の割り箸のルーツです。この箸は、清潔好きな江戸庶民に大変喜ばれ、家庭以外の場所や不特定多数の人を対象とする場所で使用する箸として定着していきました。その当時は、他の箸と区別するため「引き裂き箸」と呼ばれていたそうです。
現在、日本国内の割り箸消費量は、年間250億膳。1人あたりの年間消費量はおよそ200膳以上。割り箸の種類は100種類を超えるそうです

(参照)気ままに江戸♪  散歩・味・読書の記録のブログ



ゴディバのロゴマーク


ゴディバといえばベルギーの高級チョコレート。ゴディバのトレードマークには、馬に乗った裸の女性が描かれています。女性の名前はゴディバ伯爵夫人。なぜ、伯爵夫人が裸で馬に乗らなければならなかったのか?こんな逸話が伝えられています。
11世紀のイギリス、バーミンガム近くの町コベントリーの住民達は、領主レオフリック伯爵の課す重税にたいへん苦しんでいました。見かねた伯爵夫人は重税を廃止してくれるように夫に懇願したところ、「おまえが裸で街中を廻ることができたら望みを叶えよう」というものでした。とても悩んだ末、伯爵夫人は裸で白馬に乗り街中を廻ったのです。その事を事前に聞いて知っていた住民達は彼女の優しい心に感動し、家の窓をかたく閉ざし、決して伯爵夫人の姿を見ないようにしたそうです。ゴディバは、伯爵夫人の優しさと自己犠牲の精神をたたえ、社名にゴディバの名を用いたそうです。

(参考)トレードマーク



キャンドルのパワー


最近、お洒落なキャンドルを扱う雑貨やさんが増えてきています。キャンドルには、インテリアとしての魅力の他にも、心と体を癒すさまざまな効果があります。キャンドルの炎のゆらぎは、そよ風や小川のせせらぎなどの自然現象と同じリズム(1/f ゆらぎ)を持ち、人をリラックスさせる効果があるといわれています。人間の鼓動も同じリズムを刻むことから、生体に快感を与えるリズムとして知られています。また、あまり知られていませんが、キャンドルを灯すと滝の側や森林地帯と同じくらいのマイナスイオンが発生します。キャンドルが燃焼する際に発生する水からマイナスイオンが発生し、家にいながらにして森林浴気分が味わえるのです。 さらに、キャンドルの炎には空気中の臭気のモトを燃やす消臭作用があり、料理を作った後のキッチンやたばこの匂いを消したいときに役立ちます。
たった一つキャンドルを灯すだけで、いつもの食卓がロマンチックになったり、心も体もリフレッシュ、癒してくれるのです。皆さんも日常生活の中に取り入れてみませんか。



42.195kmとマラソン


もうすぐ、アテネオリンピックですね!!42.195kmといえばマラソンですが、マラソンの距離は初めの頃は正式な決まりがなく、約40kmだったそうです。 1924年の第8回大会から、42.195kmで定着しました。 1908年の第4回ロンドン大会の42.195kmがそのまま採用されたものです。 ロンドン大会開催の際、英国の王女アレキサンドラが「スタート地点は宮殿の庭で、ゴール地点は競技場のボックス席の前」と注文したために 距離が延長され、42.195kmという半端な距離になったようです。 
でもなぜ、この中途半端な距離が正式距離に採用されたのか?それは、ロンドン大会でのドランド・ピエトリ選手を称えて決められたようです。 ピエトリ選手は、何度も何度も倒れながらも命懸けでゴールを目指していました。結局、彼は大会役員の人の手を貸りて1位でゴールしたのですが失格。しかし、彼の走りは多くに人に感動を与え、伝説のレースとして語り継がれてきました。そして1924年の第8回大会からピエトリ選手を称え、ロンドン大会の距離をマラソンの距離としたのです。



『専売法改正と『にがり』


『にがり』(苦汁)といえば、昔から豆腐の凝固剤として知られていますが、今、このにがりが生活習慣病、美容、健康、ダイエットなどに効果があるということで注目を集めています。にがりは海水から塩を採取した残りの液体で、非常に豊富なミネラルを含んでいます。にがりの主成分はマグネシムで、その他、塩化カルシム、塩化ナトリウム、鉄、亜鉛など80種類以上。ミネラルは身体機能の維持・調節に必要不可欠で、体内ではつくることの出来ないものです。ミネラルを多く含むにがりは、ミネラル不足による様々な症状の予防や改善効果が期待されているのです。それらを効率よく手軽に取れるとして、今人気を集めているのが天然にがりなのです。こうした効果が期待できるにもかかわらず、なぜ、今になって急に話題が上がったのか疑問がわいてきます。それは平成9年の専売法改正により、自由に塩をつくれるようになったということが深く関わっているようです。

(参考)にがり研究所のHP



毒殺から身を守るために使用した食器


夏のアクセサリーに欠かせないシルバー(銀)は、防腐・殺菌作用があることから巷で話題になっています。(銀の元素記号AG、AG21)銀の防腐・殺菌効果は、かなり昔から知られ活用されてきました。古代ギリシャでは飲料水の鮮度を保つために銀製の壷に貯蔵し、西部開拓時代のアメリカでも牛乳を腐らせないように銀貨を入れたり、インドでは腐敗しやすい食物を銀箔に包み保存していたそうです。驚くことに、銀は約650種類の菌に対して防腐・殺菌効果があると言われております。また、銀には毒物に反応して黒く変色することから 中世ヨーロッパの王侯貴族は毒殺されないように銀食器を珍重した理由もあるようです。しかし、実際は、銀は日頃から手入れをしないとすぐに変色してしまい、ピカピカに保つためには大勢の召使を必要とすることから、財力を自慢するためのものだったようです。韓国でも毒味の習慣があり、外食でも、日本のように割り箸を使うのではなく銀のお箸を洗って使用しています。
ヨーロッパでは銀は裕福な生活の象徴とされ、銀のスプーンをくわえて生まれてきた子供は、『幸せになれる』と言い伝えがあり、16世紀ごろから銀のスプーンを誕生祝いに贈る習慣が始まったようです。



美肌効果のある真珠粉


真珠は古くから装飾品としてだけでなく、美容を維持するための補助食品として珍重されてきました。古代エジプトのクレオパトラや楊貴妃は美肌をつくる良薬として真珠を砕いた粉を愛飲していたといわれています。真珠に含まれているコンキオリンアミノ酸に美肌をつくる秘密があります。人間の皮膚にはコラーゲンという組織があって、肌をみずみずしく保つ役割がありますが、人間は年をとるにつれてコラーゲンが減少し、硬化して肌が老化していきます。コンキオリンアミノ酸は保湿効果のあるコラーゲンに似たたんぱく質で、血液をきれいにする働きがありシミやシワの防止効果もあります。また、真珠には美肌効果があるだけでなく、眼病や熱病など数多くの病気の治療薬としても使用されてきました。真珠の効能については漢方のバイブルといわれる『本草網目』にも、「心を静め安らかにし、視力を高め、肌のきめを細かくし潤いを与える。」と記載されています。現代でも漢方薬や薬膳料理・健康食品・化粧品などに利用されています。



火事に強い桐


昔から「大切な衣類を収納するには桐ダンスが一番」といわれています。桐は「呼吸する木」と言われるほど、外気に敏感に反応します。湿気が高くなると湿気を吸って膨張して、タンス内に湿気が侵入するのを防いでくれます。逆に、湿気が少ないと乾燥して収縮するため、通気性が良くなり、タンス内が蒸れないようにしてくれます。中の湿度を常に一定に保つよう働いているのです。また、桐は他の木材に比べて吸水性に優れているので火事の時、消火による水をすぐに吸収します。たくさんの水を含むと当然燃え難くなり、同時に木が膨張するので引き出しの隙間をふさぎ、中の衣類を炎・水から守ってくれます。昔から「火事で桐タンスが焦げても、中の着物は無事だった」という話。「伊勢湾台風の時、海につかった桐タンスを開けてみると中の衣類に全く水がかかっていなかった」という逸話も残っています。このようなことから、掛軸や漆塗りの器、重要書類などを収める箱にも桐が使われています。また、昔から女の子が生まれると桐の苗を植え、嫁入りする際に、その桐で作ったタンスを持たせて嫁がせたといわれています。



ハーメルンの笛吹き男


ハーメルンといえば、グリム童話の「ハーメルンの笛吹き男」の舞台。この話はネズミを退治したら大金を払うと約束したにも関わらず反故にされたため、笛ふき男はネズミを退治したときと同じように笛を吹いて、町中の子供たちを引き連れ消えてしまったという話です。この話が、実際に起きた事件を元に作られたということをご存知でしょうか。
1284年6月26日、ハーメルンから130人の子供が突然行方不明になってしまったという教会の記録が残っています。東方への集団移民、子供十字軍、6月26日のヨハネ・パウロ祭での事故などいろいろな説がありますが、その原因については現在も謎のままだとか。当時、ドイツではねずみの被害に困り果てており、実際にねずみ捕りという職業が存在していたので、それと重ねあわせてこのような物語が生まれたようです。ちなみに、ハーメルンの名物料理は、豚の細切り肉をねずみのしっぽに見立てた料理で「ねずみのしっぽ料理」と呼ばれています。

(参照)ダニエルのブログ 



竹とエジソン


たけのこが美味しい季節になりましたね。竹は ”世界の発明王エジソン”が発明した白熱電球と深い関わりがある植物です。最初の頃の白熱電球は45時間ほどしか寿命がありませんでした。エジソンは寿命の長い白熱電球を作るため、フィラメントの素材として色々なものを使って実験を繰り返した結果、「竹」が最も長くもつことを発見しました。その後、世界中から1200種の竹を取り寄せて調べたところ、フィラメントに最も適した材料が京都府の石清水八幡宮のものが一番であることがわかりました。なんと1000時間も灯ったのです。八幡の竹はフィラメントの材料として大量に輸出され、タングステンに変わるまで30年間使われました。(1880~1910年)私たちの生活に欠かせない電球の材料に「竹」が使われていたとは驚きです。ちなみに、石清水八幡宮は、以前紹介しました松花堂弁当の発祥の地でもあります。

(参考)ギジュツドットコムのHP    簡単な物理実験や物理的おもちゃのData Base のHP      yokoso japanのHP  



幸運を運んでくれるミリオンバンブー


おしゃれな雑貨店などで目にすることが多いミリオンバンブー。中国や台湾では、幸運を運んでくれる植物・縁起物として、お飾りや贈り物として昔から人気があります。万年竹、富貴竹とも呼ばれ,、「竹」が付いているので竹だと思っている人が多いようですが、実は、ドラセナ・サンデリアーナという観葉植物です。サンデリアーナの葉をすべて取り払って幹だけにするとミリオンバンブーになります。ミリオン・バンブーの節のように見えるところは、葉っぱをむしった跡で葉の付け根だった部分です。水栽培なので、水にただ浸けておくだけ。生命力が強く、大した手入れもいらないので、お部屋をおしゃれに演出するアイテムとして人気を呼んでいます。



四つ葉のクローバーのアクセサリ


クリスマスが待ち遠しい!今年もそんな季節になりました。 そんな中で 今巷では、「四つ葉のクローバー」をモチーフにしたアクセサリーに人気があるそうです。四つ葉のクローバーを見つけると幸運になれると古くから言い伝えがあります。ヨーロッパでは、結婚式を終えた新郎、新婦への祝福としてクローバーの花を投げる風習があります。この花言葉が「約束」であり、二人の永遠の絆を象徴しているからだそうです。クローバーの3枚の葉には、それぞれ希望、信仰、愛情、そして4枚目の葉には幸運の意味があります。また、三つ葉のクローバーはキリストの三位一体を、四つ葉のクローバーは十字架を表し、幸運をもたらすといわれています。幸福のお守りとして、また大切な人へのプレゼントにいかがでしょうか?・・・
ちなみに、和名のシロツメクサは江戸時代、オランダ人がギヤマンを日本に持ち込むとき、積荷を保護するため積み荷の間に詰め込んで運んだことからだとか。



テディ・ベアとルーズベルト大統領


世界中で愛されているぬいぐるみ「テディ・ペア」は、今年100周年を迎えます。テディ・ベアの名称はセオドア・ルーズベルト(第26代大統領)にちなんだものといわれています。1902年11月、狩猟に出かけたルーズベルトはあいにく一頭もしとめられませんでした。ハンター仲間は子熊を木に縛りつけ、それを撃つように勧めたのですが、大統領は「狩猟精神に反する」としてこれを拒否。彼は小熊を助けました。その話がクリフォード・ベリーマンの風刺画といっしょにワシントンポスト紙に載り、大統領の人気は上がりました。この話に目をつけ、ニューヨークのモリス・ミットム夫妻はクマのぬいぐるみを作り、大統領の愛称「テディ」の名前を付け「テディ・ベア」として売り出したのがはじまりです。
テディ・ベアといえば、ドイツのシュタイフ社が有名ですが、シュタイフ社がクマのぬいぐるみを作ったのも1902年だったそうです。翌年、アメリカに輸出されて爆発的な人気を呼び世界的に有名になったようです。



世界最古の香水


世界最古の香水と呼ばれる「ハンガリーウォーター」は、14世紀、修道尼マリアクレメンテによって作られたと言われています。当時リウマチに悩んでいた70歳を過ぎていたハンガリー王妃エリザベートに献上され、入浴などに使用したところ痛みがとれ健康を取り戻したといわれています。さらに洗顔、化粧水として用いると肌の張りがよみがえり、ポーランド国王から求婚されたという伝説も残っています。このことから、ハンガリーウォーターは「若返りの水」とも呼ばれています。当時アラビアで発明されたばかりのアルコールにローズマリーなどのハーブを加えたものです。伝わっているレシビはさまざまですが、作り方が簡単なので現在でも手作り化粧品として人気があります。
ローズマリーは健康や美容に効果があるだけでなく、料理にも古くから使われています。肉の臭みをとり、肉の鮮度を長持ちさせる効果もあるので肉料理によく使われています。その他シチューなどの煮込料理、ポテト料理、お菓子などにも利用されてます。

(参考)ローズマリー



左馬を漢字1字で書けますか?


”左馬”の年賀状を1枚いただきました。”馬”という文字を逆さにした文字のことで縁起がよいとされています。”うま”を逆さから読むと「まう」と読めます。「まう」はおめでたい席上で踊られる「舞い」を思い起こさせるため福を招く縁起のよいものとされています。こちら芸者さんたちの三味線の胴にもこの左馬の文字が書かれていたそうです。馬は寝るとき右倒れになり、絶対左倒れにならないということから、「寝やすい方には寝ない」つまり「芸を売っても身は売らぬ」と言う心意気を示したといいいます。それが「格好いい」「粋だ」というところから「縁起がいい」の意味になったと思われます。
左馬(頭が右、尻尾が左)の絵を描いた茶碗を使うと「中風」にならないと言われています。由来についてははっきりしませんが、これも馬は左に倒れないということから、倒れず、寝込まないということから転じたものだと考えられます。焼き物の世界では新しく作られた窯に火を入れるときは、作品が途中で倒れないで無事に焼けますようにと願って、左馬を描いたものを焼くそうです。



招き猫と彦根藩の殿様


先日、遅い初詣に行って招き猫を購入いたしました。招き猫といってもいろいろな種類があり選択するのに困った経験はありませんか?招き猫の挙げている手には左右あり、それぞれに意味があります。右手が 福(金)を、左手が人(客)を招くといわれ、手を高く挙げていればいるほど遠くの福を呼ぶそうです。両手を挙げているものもあり、昔は「お手上げ」を意味し嫌われたようですが、現在では「一挙両得」として歓迎されているようです。色にも意味があり、白は福を、金は金運、黒は厄除けといわれています。
招き猫の由来にはいろいろな説がありますが、東京の豪徳寺の説をご紹介します。江戸初期、彦根藩城主、伊井直孝が鷹狩りにでかけたときのことです。豪徳寺の門前にさしかかると、一匹の猫(たま)が右手をあげて、まるで人が「おいでおいで」しているように見えたというのです。誘われるように寺の中に入った途端、激しい雷雨になり、猫のおかげで雨にもぬれこともなく雨宿りできたようです。豪徳寺は、これが縁で彦根藩の菩提寺となり、大いに栄えたようです。

(参考)招猫倶楽部のHP



人工の森 明治神宮


初詣の参拝客の多いのは東京の明治神宮ですね。明治神宮は明治天皇を祭るために大正4年から5年の歳月をかけてつくられたものです。面積は約72ha(東京ドーム52個分)で、そのうち約3/4は森になっています。自然の森を切り開いて造られたように見えますが、実は人工の森です。元々は大部分が畑と野原だったところです。そこに全国からの献木365種類10万本が植えられたのです。ただ単に木を植えただけでなく、100年後には人の手を加えなくてもすむ森(天然更新)、天然林になるように計画されて植えられたものです。80年を経過した今、予想通りに進んでいることは驚きです。現在は247種類に減ってしまったようですが、当時の10万本から今では17万本に増えていて、世界的に注目を集めています。

(参考)明治神宮のHP



バオバブの木


10月8日は、木の日です。バオバオという木をご存知でしょうか?サン・テグジュペリの「星の王子さま」の中にでてくる木です。長い間、空想の木であると思っていましたが、実在します。熱帯アフリカ、マダカスカルでみることができます。とても大きな木で、奇妙な形をしています。大きいものでは、高さが25mを超え、幹の周りは20mとどっしりしています。幹はずんどうで、枝は上部だけに広がり、樹齢2000年以上の木もあるということです。「星の王子さま」の中では、とても悪く書かれていますが、アフリカ、マダカスカルの人々には、とても大事にされています。樹皮は壁、屋根に使われ、果実は食用にもなり、とても有用な木だそうです。マダカスカルのバオナブは、他の地域のものより、見ごたえがあります。機会があれば、ぜひ一度みてみたいものです。

(参考)Gallery SakudaさんHP



「うだつのあがらない」のうだつって何?


美濃市は和紙の産地として全国的に知られていますが、日本で最も多く「うだつ」が残っている町並みとしても有名です。「うだつ」って何? と思われるかもしれませんが、「うだつがあがらない」の「うだつ」です。「うだつ」はもともと、火事の多かった江戸時代、屋根の両端を一段高くして火災の類焼を防ぐために造られた防火壁のことです。時代がたつにつれて豪華な装飾が施され、富の象徴として競って造ったそうです。裕福な家でなければ、「うだつ」を造ることができなかったことから、「うだつがあがらない」という言葉まで生まれました。「なかなか財を築けない甲斐性なし」「なかなか出世できない」という意味に使われるようになったようです。

(参照)美濃市の「うだつ」の写真があります。



水琴窟てどんなもの?


今年の夏は猛暑になるようですね。昔の人々はさまざまな工夫をこらして暮らしに涼を取り入れてきました。簾、風鈴、打ち水、金魚鉢、水琴窟・・・・・今週は、その中の水琴窟のお話です。
水琴窟は、茶室の入り口、手洗いなどの地下に、底に小さな穴をあけたカメを逆さにして埋め込み、水がカメの穴から下に落ちると、カメの中で反響して澄んだ音を響かせます。これは江戸時代に考案されたもので、お茶会などで大勢の人たちが使用すると庭が水び足しなるのを防ぐために、一時地中に水をためるためにつくられたものです。そのカメに落ちる水の音が、琴の音に似ていることから水琴窟と呼ばれています。



「.tv」ドメインが小国ツバルを変えた


イインターネットの普及が小国ツバルを大きく変えました。人口約1万人の小国ツバルは、オーストラリア近くにある小さな9つの島からなっています。主な収入源は漁業で,国土の半分は最近まで電気が通っていなかったようです。
1991年に各国にドメインが割り振られ,ツバルは「.tv」を獲得。TVといえばテレビの略として通用するものです。これに目を付けた米企業が、10年間に5000万ドル(約58億円)を支払うことで、「.tv」の使用権ををツバルから買い取りました。
「.tv」は放送関係に人気が高く、もうすでに30万アドレスが獲得されているようです。SONY、NBCなども
この収入のお陰で念願だった国連に加盟することができたようです。ちなみにClub Table の「.com」はアメリカドメインです。

(参照)DO楽のHP       Tuvalu OverviewのHP 



タッジーマッジー(ハーブのブーケ)


タッジーマッジー(tussie-mussie)という言葉を耳にした事はありませんか?
タッジーマッジーとは香の良いハーブを小さな花束にしたものです。ハーブは古来より人々に愛され生活に密着したものでした。特に、中世ヨーロッパではペストや疫病が大流行し、貴婦人たちは外出の時、魔除けと疫病除けのために殺菌効果のあるこのタッジーマッジーを持ち歩いたそうです。また、お風呂に十分に入れなかった中世の人々の体臭を消すという実用的な目的もあったようです。
19世紀に入ると、美しい花やハーブの花言葉を組み合わせて、恋人や大切な人に思いを伝えるための花束として作られるようになりました。バラなど印象的な花を中心にして周囲をハーブの花や葉で囲んで、手のひらに入るぐらいの小さめの花束に仕立てたものです。花言葉に思いを込めたロマンティックな花束を作り、大切な人に贈るなんて素敵ですね。

(参照)S&BのHP



思いやりのティータイム


イギリスには、たくさんのティータイムがあります。その中の1つにアーリーモーニングティーというものがあります。朝食時のお茶ではなく、朝の目覚ましにベットでいただく熱い1杯の紅茶のことです。(別名:ベットティー)
19世紀の英国の貴族の1日はメイドさんに寝室まで紅茶を運ばせ、ベットに入ったまま朝の熱い1杯を楽しんだといわれています。一般家庭では、ご主人が妻のために紅茶を運んだそうです。この当時、仕事場で朝食があったため、奥さんは朝の朝食を用意する必要がありませんでした。ご主人が仕事に出かける前に紅茶を妻のところにもっていくのを家庭的だと考えられていたようです。現在でもこの習慣が受け継がれており、休日にはアーリーモーニングティーをして朝の目覚めを楽しむ家庭が多いそうです。ご主人が妻のために、妻がご主人のために、あるいは、一番最初に起きた方が家族のために紅茶を用意しているそうです。こんなすばらしい習慣は、毎日とはいかないまでも、生活に取り入れてみたいですね。誰かのために紅茶を入れてあげる素敵な思いやりの心をもちたいですね。



茶碗、お膳、廊下の意外な関係


飯碗は、持ちやすく手にしっくりなじむものがよいとされています。親指と中指で丸く輪を作った大きさが、丁度よい飯碗の大きさです。ほとんどの成人は12cmなので、標準の飯碗は直径12cmとされています。
飯碗を縦3列、横3列に並べた大きさがお膳の大きさです。お膳の大きさは特別なものではない限り、36cmと決められています。この大きさはちょうど女性の肩幅サイズと同じですので、お膳がとても扱いやすく疲れません。また、このお膳を持って廊下を余裕を持ってすれ違える幅 三尺(90cm) が、日本の標準の廊下の幅です。”90cm=36cm×2+18cm(余裕幅)” 飯碗、お膳、廊下には意外な関係があるようです。



日本人シェフのお店がミシュランの一つ星に


グルメに関する雑誌などが多数出版されていますが、中でもフランスのミシュランのレッドガイドシリーズは世界的に有名です。レストランは星の数によって格付けされています。一つ星は、大変おいしい料理。二つ星は、寄り道してでも食べる価値あり。三ツ星は、料理・サービス・雰囲気において超一流と格付けされています。
2002年度版のガイドで日本人シェフが経営する『ひらまつサンルイ アンリル』が一つ星を獲得したそうです。昨年10月にオープンしてわずか4ヶ月で獲得されたことにはびっくりさせられます。日本人のオーナーシェフがこれに選ばれたのは1900年に創刊されて以来始めてのことだそうです。セーヌ川の中州のサンルイ島にお店はあります。パリに行くときの情報の一つに加えられてはいかがでしょうか?このお店は東京・福岡市で高級フランス料理店を経営する平松宏之さんのフランスのお店です。

(参考)『レストランひらまつ』



開け、ゴマ


子どものときに誰もが一度は読んだことのあるお話『アリババと40人の盗賊』。このお話のなかに出てくる洞窟を開く呪文『開け!ゴマ』は、あまりにも有名な言葉です。この呪文のおかげで、アリババは洞窟の扉を開けることができ、お宝を手に入れます。この呪文がなぜ『開け!ゴマ』なのか疑問にもたれたことありませんか。
この時代のアラブ地方ではゴマは、油を搾るための重要な農作物、貴重な財源として重用されていました。お話のなかにも『魔法の霊験に通じる神秘なゴマ』という表現があり、ゴマには神秘な力があると信じられ、 ゴマという言葉を口にするだけで力がわき、特別な力を持つ植物と信じられてきました。ゴマの実が成熟すると、種子の詰まったさやが、「パチッ!」と音を発しながら弾け開く様子が岩の扉が開く姿を連想させたからといわれています。 『開け、ゴマ!』の呪文は、『宝物であるゴマのサヤよ、開いてくれ!』という願いが込められていたようです。ちなみに、アラビア語では、「イフタフ(開け)、ヤー(呼びかけ)・シムシム(胡麻)」というそうですよ。






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